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希有な美しさの空間のセンスとリズムにひたり、ぽつぽつと哀しすぎる人の響きを、気配を聴きに行く人たちのための映画。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・赤坂大輔/映画批評家


夜の底に淀む塩の匂う波の上で暮らす提督や船乗りの集まる場所を見つけた大西功一・・・・あがた森魚/歌手


日々の変化とともにある現在進行形の映画。一言で言えば「私たちの映画」だ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・荻野洋一/映画作家、映画批評家


この作品はそこにでてくる登場人物達と同じように、あまり多くを語らず、それでいてたまに口を開けば要点を得ない的外れな会話ばかりをしてしまう、そんな骨格を内蔵している映画だと思う。そして至るところに制作者の手垢がついている。それは決して方向性など持たず、唯、唯、作品への愛情であふれていて、それを邪魔するキャメラワークやモンタージュは一切使っていない。それはもう大西さん自身だし、そんな作品を照れ臭そうに発表している映像作家に又一人出会えて、僕は本当にうれしかった。大西さんは日本でも数少ない、観客を神様だと思っている監督の一人だと思う。決して神の視点で物語を紡がずに今の自分を等身大で作品にぶつけるというスタンスで映画を撮れる、稀な監督の一人だと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・津田寛治/俳優


この1990年代という時代の中で、これほど美しい風景、心の風景を切り取っている眼差しに引き込まれる。
カットごとの目を見張るような「驚くべき風景の美しさ」と対比する「小さな小さな人間のストーリー」。この2つを、ある優雅さの高みへ結び付けている音楽の見事さ。過去、心に残っている好きな映画をあげよ、と言われた時に思い出すアラン・タネールの「白い町で」や小津の「東京物語」に匹敵する心地よい孤独感。それにしても、友人(高田渡氏)が重要な役を演じているので、まるで肉親のようにハラハラします……。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本耀司/ファッションデザイナー



[ CD「とどかずの町で」解説より ]
しずかなふたりである。
大掛かりなストーリーはない。男が東京でやっていた仕事をやめ函館にうつってくる。半同棲状態だった女とも別れたばかりだ。そんな彼が行きつけのバーで若いアルバイトの女と出会う。ふたりは語り、黙り、一緒に歩き、おなじ屋根の下に眠る。そしてほんのすこしすれちがいながら、男は女の寝顔をのぞきこむことになるだろう。  対話のことをフランス語でentretien(= 間を支える)という。こんな、間を支える<対話>を望んでいたからこそ、主人公の男は東京から函館へと居場所をうつしたのではないだろうか。雑踏のなかでは、こんな<間>を支えるなんてできっこない。ひとはひたすらに喋りつづけ、自分がいることを確認するばかりだ。
映画の、ふたりの生きている世界では、椅子のきしむ音がよくきこえる。いま、こんなふうに黙っているふたりに、どうやったらなれるのだろう。こんなふたりに憧れる恋人たちが望んでいた映画が、「とどかずの町で」であるかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小沼純一/音楽評論家